「どこにも相談できない」ー子どもの孤立を考える #虐待防止月間

すぐ隣にあるかもしれない危機が、大きな綻びとなってからしか目に見えない。

すぐ近くで起きている子どもの危機が見えなかったり、家が安全でない子どもたちの居場所が日常になかったり、そんな子どもを取り巻く日常の問題が顕在化しています。

今月11月は、厚生労働省が定めた児童虐待予防の啓発を行う虐待防止月間です。

年々増加する虐待相談対応件数。死に⾄らしめるリスクのある⾝体的虐待とネグレクトを合わせるとそれらは年間約7万件発⽣し、 うち56件は実際に死に⾄っています。

子どもが危機に置かれた状態が見えづらくなる一方で、ここ数年、「子ども若者の孤立」に関する議論や、 「子どもの権利」に関する議論が日本でも少しずつ活発になってきています。

子ども庁の設置に向けた様々な議論がなされたり、子どものウェルビーイングや孤立などに関して、 世間の関心が高まってもいるといえるのではないでしょうか。

書き手:

小澤 いぶき

PIECES代表理事 / 児童精神科医 / 東京大学客員研究員

子どもの環境は複層的な要素で形成される

このような議論が活発になる前から、「子どもたち」は私たちのすぐ隣で暮らしており、私たちの関わりをはじめ様々なことが、子どもたちを取り巻く環境に影響を与えてきました。関心が向けられつつある子どもたちをめぐる環境は、⻑期にわたる複層的な要素が重なって形成されています。

では現在、子どもたちを取り巻く環境はどうなっているのでしょうか。子ども庁設置に向けての動きが活発化したり、政策が動き始めたりするなかで、あらためて子どもたちの環境を「自分ごと」として捉え直していく必要があると感じます。

私はこれまで、児童精神科医として勤務しながら、PIECESの代表をしながら、「子どもの生きる環境に、直接的であれ間接的であれ、誰もが関わっている」と感じてきました。

今回は、「子どものwell beingを取り巻く多層的な環境、つまり、政策や 環境問題、そして子どもたちに直接影響する環境」についてユニセフのレポートから考え、そうした環境を育むための、誰もが欠かせない一人であることを基にした共にできるアクションについて述べたいと思います。

「精神的幸福度」が低い日本の子どもたち

日本の子どもの「精神的幸福度」は、調査国38カ国のうちの37位である ――。

2020年にユニセフ(国連児童基金)が発表したレポートの結果を、なんとなく耳にされた方もいるかと思います。

2020年9月にユニセフ・イノチェンティ研究所が発表したレポートには、日本の子どもたちの「精神的幸福度」の低さが示されています。

このレポートにある「精神的幸福度」とは、「子どもの幸福度」の項目の一つで す。調査項目として、「生活満足度の高い子どもの割合」や「自殺率」が挙げられています。

幸福度については報告当時、ニュース などでも取り上げられて話題になりましたが、さらによくみていくと、子どもを取り巻く環境がとても複雑で複層的であることが、レポートから浮かび上がってきます。

UNICEF(2021)「イノチェンティ レポートカード 16 子どもたちに影響する世界 先進国の子どもの幸福度を形作るものは何か」

レポートから見える子どもの幸福度の実相

レポートでは「子どもの幸福度は、子ども自身の行動や人間関係、保護者のネットワークや資源、そして公共政策や国の状況から影響を受けることを示す、多層的なアプローチをとっている」とされています。つまり、子どもの幸福度には、 子ども自身だけでなく、子どもの周りの友人・知人、家族、政府、地域社会が影響しているということです。

またレポートには、子どもの権利条約の観点から、子どもたちの意見表明の機会及び意思決定への参加の重要性が、幸福度にも成⻑にも不可欠であることが記されています。

子どもの幸福度に影響を与えるより広い範囲の因子について、

  • オーストラリアでは若者の59%が、気候変動を自分たちの安全にとっての脅威であると考えており、4人に3人が政府による環境への対策を求めている

  • 子どもたちが将来についてどう考えるかは、現在の幸福度にも影響を及ぼす

などの記述もあり、例えば、環境問題を懸念している子どもは生活満足度が低い傾向にある、 といった詳細な記載もなされています。

このほか、社会的状況に関する「困った時に頼れる人がいるかどうか」という項目において、「日本は約20人に1人の大人が困った時に頼れる人がいないと感じており、38カ国中32番目であった」一方、殺人による死者は少ないのも特徴だと指摘しています。

ちなみに、内閣府が発表した 「子供・若者の意識」(出典:内閣府「子供・ 若者の意識に関する調査」) では、「どこにも相談できる人がいない」と答えた子ども・若者は21.6%にのぼっています。全て子ども・若者の現状の反映ではないかもしれませんが、子ども ・ 若者 の5人に1人が相談できる人がいないと感じていることがわかります。調査対象などが違うのでユニセフの調査と単純に比較はできませんが、子ども・若者の現状の一端を表している結果ではないかと考えられます。

 
 

私たち一人一人、そして全てが関わる問題

こうした現状を見ていくと、子どもの幸福度には、環境や政策、地域社会におけるネットワークや資源のあり方、企業等における保護者の働き方など、様々な要素が関わっていることが分かります。逆に言えば、子どものことを全て家族の責任や枠組みだけで捉えるのではなく、社会に生きる私たちの一人一人、そして 全てが関わる問題としてとらえ、向き合っていく必要があるのです。

子どもの幸福度に自分たちも関わっている。そう考えたとき、私たちは何をすればいいのでしょうか。

子どものことを置き去りにしたり、誰かの痛みをそのままにしたりする上に成り立つ社会ではなく、この世界を共にしている様々な人やものが共に生きていくために。

いったい何ができるのでしょうか。

ユニセフのレポートに示されている子どものwellbeingに関与する要素は複層的です。

例えば、直接的に子どもの暮らしにアプローチする支援者などの存在はとても重要である一方で、少し先にある地域資源の醸成や、子どもが暮らす地域や社会における子どもや教育を取り巻く政策へのアプローチ、人権へのアプローチ、子どもたちの未来に大きな影響をお及ぼす環境問題へのアプローチなど、さまざまな関わりが子どもの今とこの先に影響を及ぼします。だからこそ、子どものwellbeingに無関係な人は居らず、一人一人が何らかの形で関わることで、その多岐にわたるレイヤーが充実していくとも考えられます。

例えば、

  • 選挙権を持っているとしたら、選挙で子どもの暮らす環境や「生きる、遊ぶ、学ぶ、参加する」といった子どもの権利を考えた政策、子どもの暮らす環境が人権規範に根ざしたものになるような政策、フェアな選択肢とそのアクセスの可能性を広げる政策を支持するということもできます。

  • 企業での産業活動の中でも、人権の問題や環境の問題に自分たちがどう関わっているのかに目を向け、体制やビジネスのあり方を再考していく、あるいはプロダクトを通したリソースの紹介などができるかもしれません。自らが人権を大切にする企業になることで子どもの権利の土壌をつくることができるはずです。

  • 政治家ならば、このマップを捉えた上での政策を思案できます。

  • 地域に暮らす一人の人として、例えば挨拶を交わす、乳幼児を連れた保護者の方や妊娠している方に席を譲ってみるといった行動も一つのできることかもしれません。

  • それらの行動を起こしている団体などに寄付を通して資源を豊かにするのも一つの方法です。

子どもの幸福に関わっている1人の人としてできることは、意外と多くあるのではないでしょうか。

誰かだけが頑張るのではなく......

COVID-19により、当たり前にあった地域の日常が当たり前ではなくなる中、 すぐ近くで起きている様々な危機に気づきにくくなったり、自分の体験している 世界以外の世界がまるでパラレルワールドのように縁遠くなったりしています。 それでも、地域に根ざして活動している団体や行政機関など様々な人や団体が、 子どもとともにある社会をつくろうと頑張っています。

ユニセフのレポートからも垣間見えるように、子どもの生きる環境は複雑で多層的な様々なことに影響されています。だからこそ、誰かだけが頑張るのではなく、組織を通して、政策を通して、あるいは一人の市⺠として、いま起きていることを見つめ、構造を問いながら、そこに関わり、働きかけをしていくことが大切なのだと思います。

WHOの定義する虐待の社会的要因として、以下のようなことが挙げられています。

・ジェンダーや社会的な不平等
・適切な住宅の欠如や、家族や組織を支えるサービスの欠如
・失業率や貧困の割合の高さ
・容易にアルコールや薬物の入手できること
・児童虐待、児童ポルノ、児童買春、児童労働を防止するための政策やプログラムの不備
・他人への暴力を助長したり称賛する、体罰を支持する、厳格な性役割を要求する、親子関係における子どもの地位を低下させたりするような社会的・文化的規範の存在
・劣悪な生活水準、社会経済的不平等や不安定さにつながる社会、経済、保健、教育政策

これらの中には、文化的社会的規範や政策など、直接子どもの貧困や虐待にアプローチするプレイヤーだけでなく、一人一人が関わって変わっていくものがあり、子どもや保護者を取り巻く環境の質的、量的な変化を支えるために間接的に変化を促せるものもあります。

​​自分自身が子どもの暮らしに存在する一人の人であり、すでに自分の存在は子どもの暮らしに影響しているからこそ、これらのリスク要因を生み出す側にも、予防する側にもなり得るのだと私自身も自分に対して感じています。

泉が小川に、やがて大河となり、社会が子どもにとっても豊かになるようなうねりになる。そうした社会の営みが、子どもたちに危機が起きる前に生まれるように、自身もPIECESを通して、市民性の醸成に取り組んでいきたいと考えていますし、ぜひ、さまざまな人や団体とともに、その営みを広げていきたいと考えています。