2026年10月4日、PIECESは設立10周年を記念するイベントを開催しました。
これまでPIECESが全国の市民のみなさんとともに育んできた「市民性」や「やさしい間」とは、一体どのようなものだったのか。
そして、ここから先の未来に向けて、私たちはどんな社会を思い描いていくのか。
第1部では「市民性」をめぐる対話を。
第2部ではPIECESの10年の歩みと、日常の中にある市民性を。
そして第3部では、2040年の未来を想像しながら、これからの社会を考えました。
当日交わされた言葉をたどりながら、その一日を振り返ります。
ただ「ともにいる」ことの価値(第1部より)
イベントは、「市民性」という言葉の輪郭を探る対話から始まりました。登壇したのは、PIECESファウンダーで児童精神科医の小澤いぶきさん、京都大学教授の近藤尚己さん、そしてPIECES代表理事の斎典道。
それぞれの専門や経験から、「人がともに生きること」について語られました。
◆「何かしてあげる」のではなく、ただそこにいる
小澤さんが話したのは、子ども時代の体験と、その後の人生を支える「保護因子」について。
子どもの頃に、十分に聴いてもらったと感じる経験や、親以外にも自分のことを考えてくれる大人がいた経験や応答的で非侵襲的な関わりなどが、その後の人生を支える力になることがあります。
けれど、それらを「子どものために」と意図して与えようとしたとき、何かが変わってしまうのではないか。
そこで語られたのが「森」のたとえでした。
森は、私たちを癒そうとしてそこにあるわけではありません。何かを教えようとしているわけでもない。ただ、そこにある。
それでも私たちは、森の中で何かを感じたり、自分自身を取り戻したりすることがあります。
「何かをしてあげようとするのではなく、森のようにただそこにある。その関わりの土壌が、保護因子的な関わりとして立ち現れるかもしれない」そんな話から、「ともにいる」ことの意味を考える時間が始まりました。
◆孤立している人につける「薬」は、地域にあるのか
近藤さんは、医師としての経験を振り返りながら、医療だけでは届かない「孤立」という問題についてお話いただきました。
病気を治すことはできても、その人が孤立したままの環境に戻っていけば、また別の困難が生まれてしまう。
「孤立している人につける薬はない。でも、環境が変わればいいのではないか。地域っていうのが孤立につける薬なんじゃないかな。」
そんな問いから紹介されたのが、「社会的処方」という考え方です。
医療の中だけで解決しようとするのではなく、その人の「好きなこと」「やってみたいこと」を手がかりに、地域の居場所や人とのつながりにつないでいく。そこには、医療者だけではなく、地域で暮らす市民一人ひとりが関わる余地があります。
さらに、アートや文化を通じて、生きがいや尊厳を支える「文化的処方」の話にも触れながら、近藤さんは、地域そのものが人の健康や人生を支える力を持っている可能性を語りました。
「市民性のある社会」は、特別な誰かがつくるものではなく、一人ひとりが暮らす地域のあり方そのものなのかもしれません。
◆「できること」だけではない、自尊感情の土台
斎さんからは、自尊感情を「1階」と「2階」に分けて考える図が示されました。
社会の中で何かができること、評価されることによって育まれる「社会的自尊感情」は、いわば2階部分。一方で、その土台となる1階には、「何かができなくても、自分はここにいていい」と感じられるような感覚があります。
一緒にご飯を食べて「おいしいね」と言葉を交わしたり、一緒に景色を見て「きれいだね」と感情を共有すること。
そこには、どちらが正しいとも、優れているとも言えない感情の共有があります。
「Doing」だけではなく「Being」。
何かができる自分だけではなく、ただそこにいる自分も大切にされる。
そんな土壌を育てることもまた、市民性が持つ大きな可能性なのではないか。
第1部では、そんな視点が共有されました。
「市民が市民のまま」関わる。10年間で育ってきたもの(第2部より)
第2部のテーマは、「PIECESの10年の歩みと、これから」。
第1部で語られた「市民性」という世界観を、PIECESはこの10年間、どのように活動として形にしてきたのでしょうか。
◆はじまりは、一緒にご飯を食べることから
PIECESの活動の始まりは、前身となる団体での「ごちゃまぜ遊び場」や、地域の人の家を開いてもらっての活動などでした。
一緒にご飯を食べたり、遊んだり。ときには、普段は企業で働く人たちが、肩書きを少し脇に置いて「普通のおじさん」として子どもたちと過ごしたり。
当時はまだ「Being」や「共有体験」という言葉で整理されていたわけではありません。けれど振り返ってみれば、「一緒にいる」「同じ時間を過ごす」ということが、活動の根っこにあったといいます。
その後PIECESは、場をつくるだけではなく、「そこにいる人の眼差しや行動」にも目を向けるようになります。
専門家や支援者を増やすのではなく、「市民が、市民のまま関わる」ことを育む。
それがコミュニティユースワーカーの取り組みへ、そして市民性醸成プログラムCitizenship for Children(以下、CforC)へとつながっていきました。
半年間のプログラムを終えたからといって、「○○ワーカー」や「○○サポーター」になるわけではありません。
その中で、「自分には何ができるだろう」「自分なりの関わり方ってなんだろう」と考え続ける。その積み重ねから、それぞれの地域で新しい活動やつながりが生まれていきました。
そして現在では、CforCの参加者は650人を超え、PIECESの活動を通じてさまざまなアクションを起こした人は約3万人にのぼります。
PIECESをつくってきたのは、PIECESだけじゃない(第2部より)
PIECESの10年を振り返る中で、もう一つ見えてきたのが、活動をともにつくってきたたくさんの人たちの存在でした。
プロボノとして力を貸してくれた人。
寄付という形で支えてくれた人。
プログラムに参加したり、企業、団体として協働してくれた人。
PIECESメイトとして、長く応援してくれた人。
PIECESは、そうした人たちを「応援する人/される人」と分けるのではなく、一緒に活動をつくる仲間として捉えてきました。そして2024年に実施した500万円を目標としたクラウドファンディングでは、500人の支援者とともに目標を達成。
PIECESの10年は、PIECESという一つの組織だけでつくられてきたものではありません。第2部後半では、PIECESとさまざまな形で関わってきた、小山恵さん、藤田琴子さん、浦野裕一さんが登壇し、それぞれの「日常の市民性」について語っていただきました。
◆市民性は、迷いながら生まれる
めぐさんが話してくれたのは、真夏の道端で体調を崩したときのこと。
道端でうずくまっていたら、通りすがりの人たちに声をかけられ、保冷剤や塩飴をもらいました。困ったときに手を差し伸べてもらい、救われた経験が「次は自分が」と思うきっかけになりました。
それ以降、同じように具合が悪そうにしている人を見かけたときには、飲み物を渡すなど、あのときのことを思い出しながら、自分から積極的に声をかけるようになりました。
「ペイフォワードのチャンス」と感じるほど、日常の中で誰かに手を差し出す場面を意識するようになったそうです。でも、その一歩はいつも迷いなく踏み出せるわけではありません。
「声をかけたら、かえって迷惑かもしれない」
「関わったら、面倒なことになるかもしれない」
そんな葛藤も含めて、市民性なのではないか、そんな言葉が語られました。
◆「透明な存在」にしない
浦野さんが話してくれたのは、通勤途中で何度も見かける一人の男の子とのエピソードでした。
最初は、声をかけるべきか迷いながらの関わりだった。それが、何度か顔を合わせるうちに、一緒に歩くようになった。そしてあるとき、その男の子に声をかけているのは自分だけではないことに気づきます。
駅までの道で挨拶をする人。
工事現場で声をかける人。
自分が気にかけている子を、同じように気にかけている人が、街の中にいた。「自分だけじゃない」とわかったことで、いつもの風景が少し違って見えるようになったといいます。
市民性は、何か大きなことをすることではないのかもしれません。
目の前にいる人に気づくこと。
声をかけること。
相手を「透明な存在」にしないこと。
そして、自分自身もまた、社会の中で透明な存在にならないこと。そんな日常の小さな関わりが、少しずつ街の風景を変えていくのかもしれません。
琴子さんからも、電車の中で泣いていたときに、見知らぬ人から飴をもらった経験が語られました。その記憶から、運営する「れもんハウス」で「あめちゃんポーチ」をつくったというエピソードも。
誰かから受け取った小さな優しさが、また別の誰かへ渡っていく。市民性は、そんなふうに人から人へ手渡されていくものでもあるのかもしれません。
「やさしい間」を、実際のまちの中へ(第2部より)
10年間、PIECESは人と人との間にある「やさしい間」を、対話やプログラム、さまざまな活動を通して育んできました。そして今、その「間」を実際の街の中に育てていく新たな挑戦が始まっています。
多摩市で進めている「まちのま」です。
PIECESが単独で場所をつくり、そこに人を集めるのではなく、地域にすでにある人や活動とつながりながら、一緒に場を育てていく。
その先には、PIECESの手を離れても、市民性が地域のさまざまな場所に根づいていく未来があります。
「施設やサービス、街がつくられていくプロセスの中に、市民性が取り入れられていくといい」そんな思いも語られました。
PIECESだけでは実現できないことを、さまざまな人たちと一緒に。
10年間の活動を通して広がってきた「つながり」を、これからは地域の中でさらに編み直していく。
それが、次の10年に向けた新たな挑戦です。
2040年からのまなざし。私たちが向かう「新しい当たり前」(第3部より)
そして第3部では、さらに先の未来へ。
PIECESが掲げるビジョンの先に、どんな社会を思い描くのか。
この日の最後には、参加者全員で「2040年」にタイムスリップしました。
設定は、PIECESの25周年イベント。
10周年のイベントから14年、15年が経った2040年に、私たちはどんな社会で暮らしているのか。
どんなことが実現し、どんな困難を乗り越え、誰と一緒にここまで来たのか。
参加者は「2040年の自分」になりきって、未来から現在を振り返りました。
グループからは、さまざまな未来の風景が生まれました。
・行政と民間がもっと柔軟に連携できるようになった。
・多様な人への理解が進み、人と人がつながりやすくなった。
・危機を乗り越える中で、命の大切さや支え合うことが社会に根づいていった。
「未来を当てる」のではなく、理想の未来から今を見つめ直す。そうすることで、今の自分たちが大切にしたいことも、少しずつ見えてきます。
最後には、参加者一人ひとりが描いた未来の言葉を集め、これからPIECESがつくっていく「VISION MAP」へとつなげていくことが共有されました。
この日に集まった一人ひとりの言葉もまた、これからの景色をつくる一部になっていきます。
当日の会場から
当日の会場には、10周年を記念したさまざまな企画も。ドライフラワーをはじめ、言葉の展示やスクラップブックなど、プロボノメンバーを中心に、PIECESに関わるみなさんの力を借りながら準備しました。
会場に彩りを添えた、5種類のドライフラワー。PIECESを長く応援してくださっている方が、この日のために用意してくださったものです。5種類の中から好きな花を2つ選び、ネームホルダーにつけたり、髪につけたり。一人ひとりが選んだ花が、会場を少しずつ彩っていきました。
ひとつひとつの言葉に、ひとつひとつの物語がある。
10周年に寄せて、これまでPIECESに関わってくださった方から届いた言葉を、一つひとつカードにして展示しました。言葉の背景にあるエピソードとともに、10年間の出会いやつながりを感じられる展示になりました。
PIECESの10年を、写真とエピソードで振り返るスクラップブック
これまでの活動の写真や、関わってくださったみなさんから寄せられた思い出を集めて、一冊にまとめました。懐かしい写真を囲みながら、これまでの10年を振り返る時間にもなりました。
参加者のみなさんから寄せられた声
今回のイベントには、たくさんの感想が寄せられました。
これまでは市民性や間についてわかりきらない感覚だったのですが、何となく理解が深まり、大切なことだと感じました。
『やさしい間』や『市民性』といったPIECESの幹となる言葉の意味や価値を改めて感じて考えることができた。
目の前を見ると悲観的になっていたけれど、2040年という長期を思い描いたら、意外にもポジティブな気分になった。
未来をみんなで描けて、お話できた事が楽しかった
いつもゆるく細くの関わりですみません!PIECESに関わることが自分自身の救いの一幕です。参加者、主催者の間はほとんどないなと感激でした笑
それぞれの場所から、それぞれのペースでPIECESと関わってくださること。その一つひとつが、PIECESの10年をつくってきました。
これからも、誰かが誰かを一方的に支えるのではなく、一人ひとりが自分の場所から関わり、ときには支えられ、ときには誰かの支えになる。
社会に、やさしい「間」を創出する。その歩みを、これからも少しずつ、みんなで。
ご参加いただいたみなさん、一緒に場を作ってくださったみなさん、想いを寄せてくださったみなさん、本当にありがとうございました!
PIECESは、子どもの周りに信頼できる他者を増やすことで、子どもが孤立しない地域をつくることを目指しています。単発でのご寄付や継続寄付者を募集していますので、ぜひご支援よろしくお願いいたします。